vol.06
鍵盤ハーモニカと出会ってからの音楽は別物
僕の人生を大きく変えてくれた
夏秋文彦
- Profile
- 循環呼吸と両手弾きで、鍵盤ハーモニカを自在に操る“ケンハモ仙人”こと夏秋文彦氏。民族音楽と鍵盤ハーモニカが融合した、ユニークな音楽スタイルで、ソロパフォーマンス、そして数多くのミュージシャンとのコラボレーションをしながら、世界各国で演奏活動を続けている。サポートキーボーディストとしてデビューした夏秋氏を、ここまで虜にした鍵盤ハーモニカについて、その出会いや魅力を伺った。
プログレに憧れてキーボーディストに
——まず、夏秋さんの楽器との出会いについて教えて下さい。
あまり覚えていないんだけど、小学校低学年の時にエレクトーンをやりたいと親に言ったみたいです。ピアノとどっちがいいか、という話もあったようですが、エレクトーンはレバーがいっぱい付いていて、何か楽しそうだと思ったんでしょう。それが楽器との出会いです。
——当時はどんな音楽を聴いたり、演奏されたりしていたんですか?
低学年の頃はそれこそテレビアニメの主題歌とかでしたが、小5の時に親父がビートルズの青盤(ザ・ビートルズ1967年〜1970年)を買ってくれて、そこから洋楽に目覚めてビートルズばっかり聴き漁っていましたね。6年生の時には友達と曲を作ったりして、バンドっぽいこともしていましたよ。
——小6で作曲ですか。では中学生くらいから本格的にバンド活動を?
ちゃんとバンドとして演奏するようになったのはもっと後で、高校生の頃。それくらいの年齢になるとやっぱりバンドが組みたくなるんですよね。僕はエレクトーンをやっていたのでキーボードを担当して。鍵盤が目立つバンドということで、プログレッシブロックには随分とハマりました。リック・ウェイクマンとかキース・エマーソンとか。いっぱい機材を並べるのが格好良くて、2台シンセを並べて、両手で同時に弾いたり。特に意味はないんだけど(笑)。マルチキーボーディストに憧れていたから、沢山並べてなんぼみたいな感じでしたね。
——高校でバンドをやり始めた頃から、将来的に音楽で食べていきたいという意識はあったんですか?
潜在的にはあったと思うんだけど、大学は全然音楽とは関係のない普通の大学に行ったので、決断したのは大学卒業の時。
元々僕は勉強が好きで、自分で言うのも何ですが、高校までは授業もチョロかったんですよ(笑)。でも大学に入ったら全然ついて行けなくなっちゃって、バンドにも力が入っていたので、就職か音楽かどっちを選ぶか親父とケンカしながら、最終的に「僕は音楽をやります」と。
——卒業してからはどんな活動をされていたんですか?
バンドを組んでライブハウスでライブをやって⋯⋯、でも全然プロではないし、どうやったらプロになれるのかも分からない。これはもう一度ちゃんと学ばないといけないなと、大学を卒業して1年後くらいにアン・ミュージック・スクールにジャズを習いに行ったんです。その時にコルゲンさん(鈴木宏昌)と羽毛田丈史さんに師事したんですが、羽毛田さんにとても気に入っていただいてね。彼の仕事現場に連れて行ってもらったり、仕事を紹介してもらったりしているうちに、いわゆるサポートキーボーディストとしての仕事がスタートしていったんですよ。
とりあえず買ったケンハモ
その可能性に衝撃!
——さて、現在はキーボーディストというよりは鍵盤ハーモニカ奏者としての活動が目立っていますが、ケンハモとの出会い、始めた切っ掛けについて教えて下さい。
セッションマンの仕事と並行して、僕は民族音楽にすっかりハマってしまって、97年にソロアルバムを出したんです。それを聴いた仕事仲間が僕の作品を気に入ってくれて、「僕もディジュリドゥにハマっているんだけど、一緒にバンドをやらないか」と、パーカッション奏者の女性を加えてトリオバンドを組んだんです。
当初、僕はシンセを担当していたんだけど、ディジュリドゥとパーカッションは何処でも演奏できるのに、僕は電源がないと演奏できない。それじゃあつまらないので、僕もアコースティックの鍵盤楽器を手に入れようと、まずアコーディオンが頭に思い浮かんだんです。でも楽器店でいくつかアコーディオンを見たんだけど、値段も高いし、楽器は重いし、弾けるようになるイメージが全然湧かなくて、「とりあえず今日はこれでいいか」と、隣にあったスズキのメロディオンの初代PRO-37を買って帰ったんです。
——ケンハモとの衝撃の出会い! というよりは、何となく買った感じなんですね(笑)。
買ったときは軽い気持ちだったんだけど、帰って吹いてみたら「わっ、これすげぇ!」って。もうその日のうちから、循環呼吸で両手弾きしていたんだけど、それくらい自分にぴったり合っていたというか、すごく可能性のある楽器だなと。この出会いを境に、人生がグルンと変わりましたよ。
——それまで学校でケンハモを吹いたことはなかったんですか?
僕が小学生の頃から授業で使われていたようですが、たまたま僕の学校は取り入れてなかったんですよ。もちろん存在自体は知っていましたが、はっきりと認識したのはその日が初めてですね。
——シンセからケンハモに移って、戸惑ったところや苦労したところはありましたか?
やっぱり苦しいんですよね、息が。だからライブが終わるともう死にそうな感じで、「これは大変な楽器を選んじゃったな」と(笑)。いくら循環呼吸ができても、両手弾きだと送り込む空気も沢山必要だし、本番になると力も入っちゃうから、過呼吸でフラフラになっちゃう。でも何年か続けているうちに、ものすごく楽になって、今じゃいつ循環しているかも分からないくらい自由に吹けるようになりました。
——因みに民族音楽にハマってからはプログレはやっていないんですか?
僕の曲は変拍子が入ったりとか、今でもプログレのなごりは随所にあると思いますよ。民族楽器を使っているんだけど、今でも心はロックですから(笑)。なので、一般的にイメージされる民族音楽とはちょっと違っていて、いいとこ取りみたいな感じでしょうか。楽器も民族楽器と呼ばれるものを使ってはいるけど、普通の楽器を置き換えているだけなんですよ。
——ケンハモと出会ってから人生が変わったと仰いましたが、どのような変化がありましたか?
それまでサポートミュージシャンだったので、いわゆるオリジナリティをバーンと出せる世界ではなかったわけですよね。それに対する欲求不満もあって、バンドを組んでケンハモと出会って、やっぱり自分のオリジナリティを追求したいという気持ちはどんどん膨らんでいきましたね。加えてライフスタイルも変わり、それまで都内に住んでいたんですが、田舎暮らしに対する憧れが大きくなって、もっと自然の豊かな場所に住みたいと長野に移住。今はお米と野菜を作りながら音楽をやっていますよ(笑)。
スズキのPRO-37でないと僕の演奏はできない
——最初に購入された楽器がスズキのメロディオンだったわけですが、今も主にメロディオンを使っているんですか?
現在30本のケンハモを持っていますが、最初に買ったPRO-37と、現在使っているPRO-37 V2以上の楽器はないと思っています。もちろん他のメーカーやモデルも試してみましたし、特にアジアにはケンハモを出しているメーカーが沢山あって、見つけたら買うようにしているんですけど、それはある意味コレクション的なもので、ライブで使うのはPRO-37だけ。これだけで6本持っていますよ。
あと最近は、HAMMOND SSというピックアップマイクを内蔵したシリーズのソプラノモデルにハマっていて、2本同時に吹いたりもしていますよ。——PRO-37のどのようなところが気に入っているんですか?
結果から言うと僕のスタイルで吹こうとすると、PRO-37でしかできないんですよ。というのは、他の楽器だと循環呼吸で吹いていても、微妙な息の継ぎ目が見えてしまうんです。ところが、PRO-37はテーパーリードという特別なリードが使われているので、コンマ何秒間リリースが長いんです。その僅かな音の伸びの間に呼吸を循環させることができるので、音が切れずに演奏できるわけです。もしこのモデルがなくなってしまったら、僕は失業ですよ(笑)。
——夏秋さんにとってのケンハモの魅力とは、ずばり?
何でしょうね。僕の人生を変えてくれた楽器です。それは間違いないですね。それまでの音楽も素晴らしかったけど、ケンハモと出会ってからの音楽は別物。僕の潜在能力を十分に引き出してくれた楽器だと思います。
あとは目指す人がいないというか、誰々の演奏を聴きなさいとか参考にしなさい、というものがないので、もう自分で演奏法を作るしかない。それもこの楽器の素晴らしいところですよね。先人がいないという。逆に言えば自分が歴史に名を残せる数少ない楽器だと思います。
——シンセの方が音色にしても演奏法にしても、ケンハモより多彩なことができるのではないでしょうか。
もちろんそうなんですが、この3オクターブの中でやるというのが快感なんです。以前、ケンハモ7本で演奏する曲をアレンジしたことがあって、音がダブらないように組み合わせていくのは、非常に大変でしたが、完成して聴いた時はやっぱり気持ちいいですよね。
この独特なリード音も初めて吹いたときから好印象で、今でも大好きです。これまでエフェクターを通して音を変えたりも随分したんだけど、やっぱりつまらないんだよね。それならシンセを使えばいいわけだし。もうこの楽器で出せる音は全て出し尽くしたと思いますよ。最近はリードを直接吹いたりしています。
——今後の展望や夢を教えて下さい。
うーん、夢はないですね(笑)。もう今しかないんですよ。何か変な人生観みたいになっちゃうんですけど。今を集中すると自然と夢が叶うというか、次の今に繋がるというか。そこは未知なんだけど。
だから音楽でこういうことがしたいとか、野望とか全くないですね(笑)。その日良い演奏をしたい、と言うことに尽きます。それがすごく次に繋がるんですよ、結果としてね。
——流石はケンハモ仙人ですね(笑)。何か読者へのメッセージやアドバイスをお願いします。
これも特に何もないかな(笑)。まあ自由にやって下さいと言うことでしょうか。ただ音楽を含めて芸術って表現ですから、やっぱり自分なりの表現を追求して欲しいですね。